高橋是清記念公園~赤坂


青山通り

国道246号・青山通り。
写っているのは、港区赤坂の御用地。

並木の葉が落ちて、岡本太郎の彫刻のような枝ぶりを見せている。

記念公園

赤坂御用地の反対側、生け花の草月会館とカナダ大使館に挟まれた場所に「高橋是清記念公園」がある。

大正から昭和にかけて首相や蔵相を務めるなど、波乱万丈の人生を送った高橋是清の旧居跡だったところだ。

公園の広さは、5,320㎡・およそ1600坪。
都心の一等地に静かなたたずまいを見せている。

実は、高橋是清は、昭和11年2月26日に起きた、いわゆる二二六事件の際、ここにあった自宅内で凶弾に倒れ亡くなっている。

この公園は、その後昭和13年に「高橋是清翁記念事業会」から寄付を受け、以来公園として利用されている。

是清

高橋是清の人生は、まことに波乱万丈。
簡単にはまとめられないが、先ごろまで放送されたNHKのドラマ「坂の上の雲」の第一回「少年の国」の中で印象的なシーンがあった。

高橋是清(1854-1926)は、幕府御用絵師の庶子として生まれ、間もなく仙台藩士の家に養子に出される。
そして13歳の時、藩命により、勝海舟の息子とともにアメリカに留学をすることになる。
その時の経験から身につけた英語力を生かして、英語教師になった時の是清が、ドラマに登場する。

西田敏行さん扮する高橋是清は、大学予備門を目指す若者が通う神田共立(きょうりゅう)学校で英語を教えている。

後に、日露戦争でロシア・バルチック艦隊撃滅の作戦をたてた秋山真之、近代俳句の確立に大きな役割を果たした正岡子規たちを前に、おおよそ、こんなことを語る。

『言葉なんぞ誰でもできる。
ただ、甘く見ているととんでもないことになる。
欧米列強の人間にとって日本人など野蛮人以下、動物以下だ。
自分は13歳でアメリカに渡った。
英語の勉強ができるからと云われ、紹介された家で言葉の意味も分からず書面にサインしたら、それは身売りの契約書だった。
自分は子供のころから運の強い男、
幸い、日本人の仲間に助けられ、奴隷にならずに済んだが』

この話は本当の話。

是清は帰国後、最初の文部大臣となる森有礼に勧められて文部省に入る。大学予備門でも教える傍ら神田共立学校でも教え、その後、この神田共立学校で校長も務めることになる。

この神田共立学校は、現在の開成高校だ。

銅像

是清の人生は波乱に富んでいる。
農商務省の役人となり、33歳の時に初代の特許局長を務め日本の特許制度を整える。
36歳の時、ペルーでの銀鉱山開発に農商務省次官だった前田正名に勧められ取り組むが失敗(前田正名は、去年9月22日のブログで、「阿寒開発」に取り組み、阿寒湖周辺の土地を財団に寄付した話を紹介したので参照していただきたい)。

この失敗は、前田が鉱石の偽のサンプルを見せられ、騙されたのが原因らしい。

その後、是清は友人の紹介で今度は日銀に入り、総裁を務めるまでになる。

そして、大正2年、59歳のときには、初めての大蔵大臣に就任。
その後は首相も務めたが、請われて6回目の蔵相を務めていた時、軍備費の削減に反発した青年将校たちによる二二六事件で暗殺された。

灰皿ではない

庭園の石を灰皿に使わないでくださいとの張り紙があった。

現在の公園は、是清の波乱の人生を感じさせない静かな時間が流れている。

墓碑石があったところ

ところが、もう一つ、園内にはこんな説明板があった。

「経緯は不明だが、朝鮮・李王朝9代成宗大王の後宮、淑容沈氏(1515年没)の墓碑石が、かつて、ここに建てられていた。
400年もの間、墓碑の行方を捜してきた関係者の求めに応じて、2000年に墓碑石を譲与した」という内容だ。

「民団新聞」の当時(1999.11.03)の記事を見ると、釜山日報社の当時の東京支局長が二二六事件を追いかける中で、この墓碑石を発見したと書いてあった。

石像

公園内には、こうした石像が数体ある。

記事によると、「これらは韓国の王墓の周辺に配置されるものにほぼ間違いない。高橋是清と朝鮮との関わりは深くはないので、どうしてこの地にあるのか経緯は不明」と書いてあった。

この記事が出てから間もなく、2001年春に、墓碑は李王家の墓地に戻された。

それから更に10年余りの月日が経過した。

石人像は、その背後にどんな歴史が潜んでいるのか何も語ることなく、今も静かにたたずんでいる。




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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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