麻布永坂町~住居表示をしない町


麻布永坂町。
老舗の蕎麦屋さんの商標に使われているので、「麻布永坂」という地名をご存知の方も多いはず。

今日は「この古い地名が、現在も現役の地名として地図上に残っている」ことについて、書いてみたい。

まず、平成18年現在の麻布周辺の地図をご覧いただきたい。

地図

地図の真ん中に麻布永坂町、右に麻布狸穴町とある。この町名はずっと昔から使われてきた古い町名だ。
つまり、新住居表示の地名ではないのだ。

因みに、左は六本木、上と右が麻布台、下は東麻布と、いわゆる新住居表示の地名で囲まれている。

それらは、新住居表示に変わる前は、麻布北日ガ窪町、麻布鳥居坂町、飯倉片町、麻布新網町などと呼ばれていたところだ。

今も、昔のままの町名が残る「麻布永坂町」とは、どんな街なのか。比較的近くに住んでいても一度も行ったことのない場所を尋ねてみることにした。

新一の橋交差点

首都高・一の橋ジャンクション下の交差点。

正面の坂は現在の永坂、戦後の道路工事で昔の永坂とはだいぶ様子がかわってしまったらしい。

坂を上ったところは飯倉片町の交差点で、左右に走る外苑東通りとぶつかる。

参院副議長公邸

右側の舗道を上がっていった。

しばらく行くと、立派な門の邸宅が右手に見えてくる。
参議院副議長公邸だ。

現在の参院副議長は、平成22年7月から自民党の尾辻秀久氏が務めている。
ひっそりしていて生活感は感じられなかったが、ネットで検索すると時折食事会が開かれているようだ。

先代の山東昭子氏のときに開かれた食事会や、去年12月の食事会の様子が写真付きで紹介されているブログを見つけたが、建物内部はさすがに素晴らしい。

どんな人たちが、どんな機会に招待されているのか、

「こんな時代だから、一層の情報公開を求める声が、これからは強くなってゆくのだろう」などと考えながら、門前を通過した。

永坂更科

次に見えてきたのが「永坂更科 本社」の文字。
このあたりが、戦前まで店を開いていた場所だと書いてあった。

由来の碑

「永坂更科布屋太兵衛」の先代は郷里・長野から江戸に出て、保科家邸内の長屋を借用して晒し布を扱っていたが、8代目が麵舖に転業。

ふるさと・更級の更と、保科家の科という字を合わせて「信州更科蕎麦處」と称したと記してあった。

もうこのあたりの右手は、麻布永坂町のはず。

右に入る道を探していると、道際に警察官が警備に立っていた。
車の進入を防ぐ柵のようなものもあって、物々しい様子。

道を尋ねると丁寧に教えてくれた。

あとで地図を調べると、スリランカ大使館が近くにある。
たぶん、その警戒なのだろうと理解した。

植木坂

右に折れて、植木坂に向かう。
昔、植木職人が多く住んでいたともいわれるが、今はその名残は全くない。

高級住宅地

あたりは閑静な住宅街で、麻布永坂町に暮らす人の住宅が目に入る。
それぞれのお宅の敷地が広い。

狭い場所に多くの人が暮らすこともなく、引っ越し・転入など人の出入りも多くはなさそうだ。

写真の右上の建物は、「水天宮」の稿でも紹介したブリジストンタイヤの創業者・石橋正二郎氏の旧宅。

現在はブリジストン美術館永坂分室になっている。

町内をさっと素通りしただけだったが、この街が、新住居表示しなくてよい理由がわかった気がした。

住居表示は、住所から場所の特定をしやすくした制度で、郵便配達などの際の不便を解消しようというのがその目的だ。

その意味で、ここにはその不便さがないのだから、その必要はない。
私はそのように理解した。

勿論、歴史的な地名を大切にしたいという地元の人の思いも強かったと思うが、その一方でここが恵まれた環境にあったことも大きいのだろう。

そして、住居表示について調べるうちに、古都・京都市では、実施していないことを知った。

歴史の町、京都の地名が無味乾燥なものにならずによかったと思う反面、郵便配達などの面で不便はないものなのかと、ふと考えた。

GPS、携帯端末など技術の発達で位置の特定や検索は、これからもっと発達してゆくに違いない。

探す場所を入力すれば、すぐに行き方をわかりやすく教えてくれる、そんな日は遠くないはずだ。

そうすれば、消えてしまった由緒ある町名が、復活する日が来るかもしれない。

藤村旧居跡

植木坂を下り、T字路を左に折れると左に碑が見えてくる。

タワーが写る

島崎藤村旧居跡だ。

大正7年から昭和11年までここに暮し、「夜明け前」などを執筆したと書いてある。

ちょうど、そのことを記した黒い石のプレートに、後ろに立つ東京タワーがうっすらと映っている。

右を見ると

振り向くと、こんな感じだ。

このあたりは戦災でかなりの部分が焼けたという。
藤村が暮らしたころと全く変わった風景。

わずかに変わらないのは、「麻布永坂町」「麻布狸穴町」という地名と、付近の台地の傾斜ぐらいなのかもしれない。
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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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