江戸情緒の残る街~人形町


玄冶店

中央区日本橋人形町の交差点近くにこんな碑がある。

「史蹟 玄冶店」。
「げんやだな」と読む。

年配の方なら、昭和29年のヒット曲、春日八郎が歌った「お富さん」の歌詞で聞いたことがあるはず。

玄冶とは、3代将軍家光の大病を全快させた医師の岡本玄冶のこと。
このあたりに拝領屋敷があったために、この付近が「玄冶店」と呼ばれるようになった。

歌舞伎「与話情浮名横櫛」の、『切られ与三郎』と『お富さん』の再会の場所ということで、多くの人にこの地名が刷り込まれたわけだ。

からくり

人形町の通りに立つ「からくり人形」。

江戸開府から間もなく、この地は江戸唯一の歓楽街として、歌舞伎、人形操り芝居、浄瑠璃、見世物の小屋が立ち並び、大変な賑わいだったという。

そしてこの付近には、人形師が多く暮らしていたことから、人形町と呼ばれるようになった。
今も江戸情緒を、そこここに残している。

谷崎生誕地

近代日本文学を代表する作家の一人・谷崎潤一郎もこの地に生まれた。
「細雪」という羊羹も売られているらしい。

人形町には、ミシュランガイド東京で、料亭として初めて三つ星を得た「濱田屋」、親子丼で有名な「玉ひで」などの老舗があるが、今回、店構えに味わいがあるこのお店の話をしたい。

うぶけや

店の名は、右から「うぶけや」と読む。
刃物の専門店だ。

刃物屋さん

創業は天明3年(1783)だから、今年で229年を数える。

ウインドウの中には、扱っている様々な刃物が並んでいたが、こんな面白い紙も貼られていた。

名店比べ

タイトルはちょっと長いが、こう書いてある。
「維新の頃より明治のはじめ 大江戸趣味風流名物くらべ」 

刃物の項に、「うぶけや」の名も載っている。
当時から、江戸の町で評判のお店だったのだろう。

爪切り

10年ほど前、店構えに誘われて店内に入ったことがある。

この店の毛抜きは、とても有名なのは後で知った。
その時は、とりあえず自分に必要な爪切りを購入することにした。

老舗の品にしては、思ったほど高価ではなかったので5-6個まとめて購入した。

使ってみると切れ味ががすばらしい。

私の場合、手の小指の爪が、サイドの生え際で縦にささくれ立つ様に割れることがある。
放置すると、引っ掛かって痛い思いをする。

ところが100円ショップで買った爪切りでは、刃先が細かいところまで届かす、きれいに処理できない。

ところが、この爪切りだときれいに切ることができるのだ。
以来、常にウェストバッグに入れて、どこに行くにも持ち歩いている。

余分に買ったものは知人にあげたところ大変喜ばれた。
そこで、しばらくのちに再度まとめ買いに行ったら、この品物はもう作っていないとのことで、がっかりした思い出がある。

包丁やハサミの研ぎ直しもしてくれるそうだから、今度はそんなお願いもしようと思う。

ウインドウを眺める人

老舗として、長い間のれんを守っていくのは大変なことだ。

時代の流れに対応した商品を作り、手抜きをすることなく客の信頼を勝ち取り、放蕩もせず、後継者を育ててゆかなければならない。

こうして自分も年を重ねてくると、そうした営みを何代にも亘って続けてゆく難しさは、よくわかる。

「これからも頑張ってください」と、心から申し上げたい。

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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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