国立公文書館へ入ってみた

国立公文書館などという、いかにも堅苦しい名前の建物に入ったことのある方は、ごくわずかではないかと思う。

皇居一周のジョギングの時いつも目にしていたのだが、ふと中を見てみようと思い立ち訪ねてみた。
結論から言うと、歴史が好きな人には面白い場所だと思うが、まだまだ、PRや展示内容が不十分との印象を持った。

公文書館

国立公文書館は、皇居の北の丸、国立近代美術館の西隣にある。
開館したのは昭和46年だから、今年で41年にもなる。

どんなところか

入り口のところに、その目的が書いてある。
国の公文書などを長く保存し、利用に供することが目的という。

(因みに東京都の公文書館は竹芝にあり、現在は工事中で今年の春から利用できるとのことなので、その時に訪ねたいと思っている)

歴史的に価値ある公文書とは一体どんなものなのか、

現在企画展が開かれているので、会場に展示された資料の一部を紹介しよう。

万博での展示資料

企画展は「明治期万国博覧会における日本建築・日本庭園」

これは、1873年(明治6)ウイーン万国博覧会に関する資料の一部。
明治期の万博で建設した日本建築や日本庭園は欧米の人たちの目を引き、大盛況となったという。
その時の日本庭園の俯瞰図や、事務局の報告などが展示されている。

この時、名古屋城の金のしゃちほこが、はるばる海を渡って展示された。
赤い矢印で示したのが、しゃちほこだ。
(「慶長年間に作られた当時は、200キロ余りの純金が使用されたといわれるものだが、1945年の名古屋大空襲で焼失」とウィキペディアに書いてある)

昭和憲法

これは、常設展示の資料。

昭和憲法の公布の際の公文書だ。

天皇には苗字がないということに、改めて気づく。
下の印は3寸四方の「御璽」(ぎょじ)、つまり天皇の印章。

天皇の国事行為に伴い発せられる文書に押印される。

御璽の右側にはなんと彫ってあるか分かるだろうか。
読むことができずにいろいろ調べ、結構時間がかかってしまった。

これは「天皇」という字だ。

大臣の花押

これは1960年に成立した農業基本法を例に、法律ができるまでにどんな公文書が作られるのかを紹介したもの。

これは閣議書。
時の内閣の各大臣が署名したもので、よく見るとサインは「花押」だ。

戦国時代の武将のものはよく見たが、今日でも生きているとは知らなかった。

大臣になる人は、自分の花押を考え、練習しなければならないということなのだろう。

公文書の修復支援

これは、東日本大震災で津波の被害を受けた宮古市の公文書。

その修復作業の支援をした時のもので、下が修復したもの。
国内だけでなく、インドネシア・スマトラのバンダアチェでも支援事業を行ったという。

シーボルトが持っていた地図

これはシーボルトから押収した地図。
シーボルトは長崎オランダ商館の医師で、西洋医学を伝授したことで知られる。
研究資料として、海外持ち出し禁止の地図等を自国に持ち帰ろうとして国外追放の処分を受けた。

事件発覚後シーボルトの住まいから押収されたもので、カラフト島が描かれている。

雑兵物語

これは「雑兵物語」。
戦場での雑兵たちの生態が、絵と方言交じりの文とで、生き生きと表現されている。

こうして、国立公文書館の中に初めて入り、展示資料を見た感想は、「意外に面白い」だった。

ところが、と言おうか、やはりというべきか、訪れる人は、きわめて少ない。


歴史的に貴重な資料だから、工夫次第でもっと面白く見ることができるはずだし、貴重な資料は膨大な量にのぼるはず。

「もう少しプレゼンテーションに工夫するとともに、企画展の回数ををもう少し増やしてほしい」というのが私の感想だ。

少し硬く言えば、政府や自治体は税金を使って何をしたのか、それを国民に知らせる義務があるし、国民はそれを知る権利があるのだと思う。


皆さんも、気が向いたら行ってみてください。

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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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