復興記念館に行った

墨田区の横網公園の中にある復興記念館に行ってきた。復興記念館

復興記念館は、隅田川に架かる蔵前橋の東のたもとに建っている。
この横網公園は、大正12年の関東大震災で多数の方が亡くなった場所として知られる「被服廠跡」でもある。

復興記念館は、関東大震災だけでなく、昭和20年の東京大空襲に関する様々な資料や記録が展示されていて、災害や戦争の悲惨さを強く訴えかけるものになっている。

展示されている資料には、関東大震災の惨状を写した写真やデマを禁止するビラ、地震の揺れを記録した紙に加え、昭和20年の東京大空襲で投下された焼夷弾の実物など、貴重なものが多数あった。

ただ、それらの撮影はできなかったので、是非、自分の目でご覧になってほしい。

自動車
建物の外には、こんなものが展示してあった。
関東大震災の後に起きた火災の猛烈な熱によって恐ろしいほど変形してしまった「モノ」たちだ。

これが一体どんな自動車だっのか想像もつかない。

釘
隅田川の吾妻橋のたもとに、今もアサヒビールの有名なビルがある。
関東大震災当時、あの付近も、猛火に包まれたのだろう。

鉄柱
鉄の柱がこうなってしまう熱とは、どんなものなのか想像もつかない。

この被服廠あとでは、地震後、家財道具を荷車に積んで避難してきた人たちで埋まっていた。
そこに火災が起き、炎は折からの強風にあおられて旋風のようになって人々を襲い、ここだけで3万8千人もの方が亡くなったという。

印刷機

今回の東日本大震災では、津波の恐ろしさがクローズアップされた。
「地震が起きたら、津波を警戒する」という教訓が、広く国民に浸透した。
それは、誰もが地震に備えていつも心しておかなければならないことだ。

それに加えて、私たち都市に住む者にとって重要なことがもう一つある。

それは「地震の揺れによって起きる被害より、その後に起きる火災による被害のほうが大きい」ということだ。

それは、関東大震災だけでなく、神戸の震災でもそうだった。

もちろん、揺れによって倒壊するものも出てくるだろうから、日本の建築基準法や建築技術を過大評価してはならないだろう。

その上で、「地震の後の火災の恐ろしさを、いつも心に留めておかなければ」と改めて感じた。

地震の際にいかに火災を少なくするのか、自分ができることを含め、これからも関心を持ち続けてゆかなければと思う。
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め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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