姫路城へ

姫路城マラソンのTシャツ

播州赤穂から姫路に戻り、翌日のマラソンの受付を行った。

これは、参加賞のTシャツ。

このほかゼッケンやタイムを計るチップをもらったが、ひざの痛みが取れずチップはその場で返し、マラソンの棄権を申し出た。
残念。

夕闇迫る姫路城

受付を終えたころ、外は夕闇が迫っていた。

宿泊ホテルから自転車を借りてきたので、その足で姫路城の付近を散策することにした。

堀端に見えるのは白鷺

お堀端の木々の中に、何か白いものが見えた。

目を凝らしてよく見ると、どうやら鷺のようだった。

姫路城の別名は「白鷺城」。その呼び名はここからきているのかと思い調べてみると、

その由来にはいくつか説があり

○城漆喰で塗られた城壁の美しさ から

○ゴイサギなど白鷺と総称される鳥が多く住んでいたから などとウィキペディアに書かれていた。

ライトアップの姫路城

姫路城は、昨年(2015年)「平成の修理」と呼ばれる「大天守保存修理工事」を終えたばかり。

鮮やかな白壁は、目にまばゆいばかり。
ライトアップに浮き上がる大天守はまことに美しい。

「白鷺城」の由来については、どちらの説も説得力があるなと思う。

この写真を撮っていると、「一緒に写真を撮ってあげましょうか」と声をかけてくれる人が。

浅草からやってきた車屋さん

いろいろ話をしていると、このお兄さんは

1年前には、浅草で車屋さんをやっていたという。

こちらに、人力車で案内をする人がいないので、こちらに移ってきたそうだ。

翌日のマラソン当日は、この近辺は交通規制で、姫路城に入る道順について、丁寧に教えてもらった。

浅草で仕事をしていた時は、浅草から六本木まで1時間半ほどで走ったというから、大変な健脚だ。

胸には「天下車屋」(てんかしゃや)との営業名が書かれていた。

「世界遺産の姫路城」を訪れる観光客に、精いっぱいのおもてなしを期待し、礼を言って別れた。

マラソンのスタート地点

翌朝、姫路城前のマラソンスタート地点。

間寛平ちゃんが応援団長として、ランナーを激励していた。

「エイ、エイ、オー」と、何回もときの声をあげていた。

姫路城内へ

ランナーを横目に、交通規制で込み合う市内を、遠回りしながら姫路城の中に入った。

歩兵第十連隊跡

入口のところに「歩兵第十連隊跡碑」があった。

明治初めの廃城令では、姫路城は陸軍省が軍用として使用する「存城処分」に区分された。

陸軍の第十連隊本部が置かれ、赤穂城のように主要な建造物か破壊されるということがなかった。

黒田官兵衛ゆかりの石垣

坂を上がってゆくと、まもなくこんな案内が見えてきた。

「官兵衛ゆかりの石垣」。

秀吉の軍師官兵衛は、1546年(天文15)姫路城に生まれた。

当時父の黒田職隆は小寺家の家老で、姫路城も今のような立派なものではなかった。

のちに黒田官兵衛(孝高)が、姫路城が立つ姫山の地形を生かした中世城郭に拡張したと考えられるという。

黒田当時の姫路城石垣

その後、官兵衛は姫路城を秀吉に献上。

秀吉は、さらに近世城郭に改修したが

現在のような五重七階の連立式天守が完成するのは、関ケ原の合戦後の1609年(慶長14)、池田輝政が城主であった時代のことになる。

いざ城内へ

いよいよ、城内へ入ってゆく。

先を歩くおじさんは、今年79歳。

毎朝こうして場内を歩くとのことで、その足取りも軽い。

四季折々の写真を何組か持っていて、観光客にプレゼントしていた。

私も一組、いただいた。観光客をもてなそうという気持ちがうれしかった。

戦争下の姫路城

城内には、先の大戦中の珍しい写真が展示されていた。

空襲の目印にならないようにと、黒く擬装された「白鷺城」だ。

空襲の後、奇跡的に残る白鷺城

昭和20年7月3日、姫路は空襲を受け焼け野原となったが、姫路城は残った。

焼夷弾の直撃も受けたが、大きな被害を受けることはなかった。

まさに、奇跡的なことだった。

天守の最上層に神社

天守の最上層には神社があった。

姫路刑部(長壁)大神などを祀っている。

「火災・災害等にご霊験あらたかです」と書かれていた。

天守からスタート地点を見る

天守台の窓から、マラソンのスタート地点と、その先の姫路駅のほうを眺めてみた。

もうランナーの姿は見えなかった。

手前の城内では、親と子がペアになって走るイベントが開かれ、元気な声援が飛び交っていた。

帰り道、忍者がいた

天守から降り、坂道を下っていると、前方に忍者らしき人影を発見。

観光客に切り付け、観光客は「やられたー」と応じている。

もちろん、私も「やられたー」と忍者の一太刀を受けたのだった。

そして、家康の孫娘で、豊臣秀頼に嫁いだ千姫が、一時暮らしていたという西の丸へと向かった。

姫路城は、本当に大きく、美しい城だった。


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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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