解体が近づく国立競技場

神宮外苑イチョウ並木4月13日

このところ、神宮外苑付近を走ることが多い。

絵画館前に続くイチョウ並木の景観が日ごとに違い、新緑の成長の速さに驚かされる。

これは4月13日に写したもの、

全体に幼い葉が出始めたばかりで、緑の色もまだ淡い。

4月21日緑濃く

それから8日後の4月21日、わずかの間にイチョウの新緑はこんなにも変わっていた。

イチョウの木の一年を、人間の一生になぞらえてみると、今はちょうど青春の真っただ中というところだろう。

建て替えで解体が近づく

イチョウ並木を抜けて国立競技場の方へ行くと、こんなポスターが目についた。

「国立最後のキックオフ」と書いてある。

2020年東京オリンピックに向けて、近々、解体工事が始まるということだ。

5月25日のラグビーの試合が、この競技場で開かれる最後の大会ということになる。

マラソン門

国立競技場のこの門は、「マラソン門」。

1964年の東京オリンピックの男子マラソンで、

2連覇のアベベ選手に次いで2位でここを通過したのは、円谷幸吉選手だった。

しかし、円谷はゴールの直前、イギリスのヒートリー選手に抜かれてしまう。

東京オリンピックを知る世代にとっては、とても印象深いシーンだ。

出陣学徒壮行碑

そのマラソンゲートを入って左手のところに、八重桜が満開の花をつけていた。

その手前には、大きな石碑が立っている。

これは「出陣学徒壮行碑」、前にも一度紹介した。

碑文

碑文には、こんなふうに書かれている。


次世代への伝言~出陣学徒壮行碑に寄せて

昭和18年(1943)10月2日、勅令により在学徴集延期臨時特例が交付され、全国の大学、高等学校、専門学校の文科系学生、生徒の徴兵猶予が停止された。

この非常措置により同年12月、約10万の学徒がペンを捨てて剣を執り、戦場へ赴くこととなった。

世にいう「学徒出陣」である。

全国各地で行われた出陣行事と並んで、この年10月21日、ここ 元・明治神宮外苑陸上競技場においては、文部省主催の下に東京周辺77校が参加して「出陣学徒壮行会」が挙行された。

ニュース映像

この日の模様は当日のラジオで中継で放送され、担当した志村正順アナウンサーは、次のようなコメントで実況している。

”征く学徒 東京帝国大学以下77校 〇〇(まるまる)名、

それを送る学徒 96校実に5万名。

今、大東亜決戦に当たり、近く入隊すべき学徒の 尽忠の至誠を傾け、

その決意を高揚するとともに、武運長久を祈願する出陣学徒壮行の会は、

秋深き神宮外苑競技場において、雄々しくも、そしてまた、猛くも展開されております”


この時のニュースフィルムにとても印象的な場面がある。

雨中、行進する学徒たちの足元をカメラがアップするシーンだ。

陸上競技場に降った雨が鏡のようになって学徒たちの顔と姿をとらえる。

それが何故かとても心に残る。


志村アナウンサーは出陣学徒数を具体的な数字ではなく、「〇〇名」とアナウンスしている。

軍事機密として言うことができなかったからだろう。


この「出陣学徒壮行碑」については、競技場の解体に伴って保存をどうするのか、学徒出陣からちょうど70年が経過した去年秋に話題になった。

2013年秋の新聞記事によると

”「政府は、『競技場の改築後も、敷地内で適切に保存されることが望ましい』とする答弁書を閣議決定した」”とのことだから、

新しい競技場の一隅に、この碑は残り、2020年には平和の祭典である「東京オリンピック」を見守ることになる。

キャッチボールの親子

日曜日、車の通行が禁止された道路で親子がキャッチボールをしていた。


「学徒動員壮行碑」は、こんな言葉で終わっている。

”・・・学業半ばにして、陸に、海に、空に、征って還らなかった友の胸中を思い、生き残った我ら一同 ここに「出陣学徒壮行の地」由来を記して、次世代を担う内外の若き世代にこの歴史的事実を伝え、永遠の平和を祈念するものである

出陣学徒有志
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プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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