「東京マラソン」~ゴール直前に思わぬ災難

セキュリティー対策のリストバンド

第一回の東京マラソンの時と比べて、セキュリティー対策は格段に厳しくなっていた。

これは、ランナー受付の際に手首にまかれたリストバンド。

登録をした人と違う人が走ることがないようにするためのものだ。

大会当日、このリストバンドをしていない人は走ることができない。

だから受付をした後は、風呂に入るときもこのリストバンドを外せない。

顔写真を撮影

リストバンドをまかれた後は、ここでゼッケンを手に顔写真を撮影する。

2020東京オリンピックに向けて、こうした取り組みも参考にするのだろうと思った。

仮装は少なくなった

スタートエリアに入る際にも手荷物検査を受け、チェックシールが貼られる。

さて、大会の楽しみの一つに、ランナーの仮装がある。

参加にあたっての注意事項を読むと、様々な制限が書かれてある。

禁止事項として次のようなものがあった。

〇肩幅より大きな被り物。

〇のぼりや旗など、長いものや大きいものを持ったり背負ったりすること。

〇裾の長いスカートや着物など、店頭の恐れの高いもの…等々。

こうした規定から、今回のランナーを見ていると、初期と比べて仮装ランナーの数も少なくなってきていると感じた。

写真を撮らせてもらったこの方は、声をかけると喜んでポーズをとってくれた。

様々な思いを胸に

そして、いよいよスタート。

仮装は少ないが、シャツにそれぞれの思いを書き込んで走る人が目立つ。

臓器移植をしてくれた方への感謝が書かれてある。

この方は、おかげで健康を取り戻せたのだろう。

外国人もたくさん

外国からのランナーも多かった。

沿道に、台湾のランナーを応援する人たちの姿もあった。

東日本大震災や台湾での地震で、互いの国民が支援し励ましあう様子が伝えられているが、この風景の背景にはそんな動きも影響しているのかもしれない。

日本橋

第一回の東京マラソンでは、コースに入っていなかった日本橋。

日本の国道の起点となる場所がコースに入ったことは、うれしい。

競歩のランナーも

日本橋は10キロコースのゴールだった。
これから東京の下町を走る。

前に競歩のランナーが見えた。とても速い。

歩いているわけだから、簡単に抜けるると思っていたのだが、とんでもない。

競歩50キロの世界記録が3時間32分というから、マラソン42.195キロで5時間以上もかかる私のかなうところではないと実感。

雷門

コースのハイライトの一つ、雷門。

初夏の三社祭に負けないたくさんの人波が迎えてくれた。

ここは、まだ15キロを過ぎたところだ。

富岡八幡宮

浅草から南下して、門前仲町の富岡八幡宮。

自慢の神輿と氏子がランナーを待っていた。

ここで、ほぼ中間点だ。

芝公園33キロ地点

そしてさらに10キロ走って、東京タワーが見える芝公園にやってくる。

走り始めてから33キロ。一番苦しいといわれるところだ。

応援はうれしい

マラソンを始めて初めて、横断幕が待ってくれていた。

紙で作った完走メダル風の飾りをもらい、いよいよラストスパート。

ゴールまであとわずか

ゴールまで1キロを切った地点。

石畳の「丸の内仲通り」は、冬場には美しいイルミネーションで知られる。

沿道の両側には、たくさんの観衆がランナーに「がんばれ」と声をかけてくれる。

このとき、左足に疲れを感じたのだが、ここで歩き出すわけにはいかない。

頑張って走っていたが、この写真を撮って間もなく、つまずいて前のめりに転倒してしまった。

そして、顎から口を打ってしまった。

すぐに口に手をやると、前歯が折れていた。しかも2本も。

ゴールの直前までくれて快調に走っていたのに、なんということだ。

2年間、ひざの痛みに悩み、ようやく直して参加したマラソン、
まことに残念な結末となってしまった。

教訓。

「頑張るのは必要だが、頑張りすぎないこと」

翌日、治療のため朝4時半に起き、親しい歯科医師のいる福井へと向かった。

手際よく処置してもらい、仕事に影響を与えることもなかった。

友のありがたさを感じた出来事でもあった。

まさに「塞翁が馬」と考えれば、旧交を温めるいい経験だったのかもしれない。

健康マラソンは、まだまだ続けよう。





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東京マラソンを11年ぶりに走った~予告編

2月25日朝 新宿都庁

東京マラソンは今年で12回を数える。

私が東京マラソンを走るのは、平成19年の第1回大会以来今回が2回目。

実は、この大会の抽選に当選したのは3回目だが、そのうちの1回はウイルスにかかり、出場することができなかった。

その間に、コースもだいぶ変わっている。

集合場所は以前と変わらず、新宿の都庁舎周辺。

3万6千人のランナーと、運営のスタッフの皆さんで埋まっていた。

朝9時10分。マラソンスタートの号砲が鳴らされた。

曇り空ながら風はなく、気温も第1回のような氷雨も降らず、どちらかといえば恵まれたコンディション。

スタートの号砲を聞いた後も、一般市民ランナーの列は、しばらくは全く前に進まない。

いよいよスタート

ようやく列は少しずつ前に進み、いよいよスタート地点までやってきた。

小池知事などが、ランナーたちに手を振っている。

時計を見ると、ここに来るまで、すでに23分近くも経過している。

東京マラソンの制限時間は7時間だが、実質は約6時間半ということになる。

故障していた膝の具合は大丈夫か、多少心配しながら走り始めた。

そして、後半、思いがけない落とし穴が待っていた。

マラソンの42.195キロは長い。

マラソンスタート後の様子については、次の機会に紹介したい。

復活マラソンは「半走・半歩」ふたたび走れたうれしさ

現美新幹線

ひざの故障から2年ぶりに走るフルマラソン。
そのために選んだのは、制限時間が7時間と長い、新潟マラソン。

はじめての新潟駅に着いたとき、隣のホームで迎えてくれたのは「現美新幹線」だった。

先頭車両には GENBI SHINKANSENと書かれている。

カラフルな車体

6両編成で、各車両の色が違う。それぞれカラフルで、車内には今注目のアーチストが製作した現代アートが展示されているという。

内部をのぞき込んだら、このほかに写真作品が展示されている車両もあった。

日本の各地で、豪華列車で旅を楽しむのが人気だとニュースで見たが、
この列車も新たな旅のスタイルを提供しようというJRの提案なのだろう。

MAXから降りた乗客も、この珍しい新幹線を盛んにカメラに収めていた。

町にはマラソンの旗も

新潟の街中には、マラソンの開催を告げる幟があちこちに掲げられていた。

早速、市内の散策に出かけた。

信濃川のクルーズ 萬代橋

日本一の大河・信濃川を運行するクルーズ船に乗り、萬代橋の下を通過。

橋の東詰めを歩いたとき、あの「新潟ブルース」の歌碑が立っていた。

美川憲一やロスプリモスが歌ってヒットし、カラオケでも歌うことがある。

「思い出の夜は 霧が深かった…」と歌詞の一部を、船上で思わず口ずさんでいた。

展望スポットからコースを見る

信濃川の河口近くに立つ31階建ての展望スポットから、翌日のマラソンコースの一部を確認した。

新潟マラソンは、信濃川沿いに設けられた遊歩道や、海沿いのコースなどを走るのだが、写真に見える「新潟みなとトンネル」を走るのも売りの一つ。

信濃川の下を通る海底トンネルで、全長は1423メートルあるという。

ぽんしゅ館へ

街並みを探索した後訪ねたのは、新潟駅とつながるビルにある「ぽんしゅ館」。

日本酒王国の新潟らしい、人気の観光スポットだ。

新潟の全酒蔵(93蔵)の日本酒を、好きなだけ利き酒することができるというもの。

500円を払うと、おちょこと、コインの様なものを5個くれる。

飲んでみたい酒があれば、おちょこを置き、コインを入れるとその中にお酒が注がれるという仕掛け。

マラソン前日なので、おちょこ5杯で切り上げたが、そうでなけれはまだまだ飲んでいただろう。

中国人観光客も来ていた。

蔵による味わいの違いも分かり、楽しい体験だった。

高橋尚子さん  

いよいよ、マラソン当日。

スタート地点でランナーに声をかけるのは、オリンピック金メダリストの高橋尚子さん 、Qちゃん。

私たちを送り出した後、10キロコースを走ったようで、

私が5キロ付近を走行中に、沿道が騒がしいので振り向くとQちゃんの姿。

そこで1回目のハイタッチ。

あっという間に追いつかれ、走り去っていった。

この後、32キロ地点とゴール直前でもハイタッチをしてもらったので、Qちゃんにはたくさんの元気をもらった。

萬代橋を走る

このコースのハイライトの一つ「萬代橋」。

スタート地点のデンカビッグスワンスタジアムから約10キロほど走ったところだ。

橋を渡り、繁華街の古町あたりから折り返して、信濃川の河口に向かう。

新潟みなとトンネル

ここは、信濃川河口の下を走る「新潟みなとトンネル」。

外は晴れて気温が高いので、この往復3キロほどのコースは、涼しく走りやすかった。

20キロ地点で

ここは、日本海沿いの「新潟海岸道路」。

ちょうど中間地点あたりで、
この時はまだまだ元気な顔をしている。

海水浴場が続くきれいな浜が続く場所だが、あとで考えると、あの横田めぐみさんが拉致されたのは、「この付近のどこかだった」と気がついた。

お墓の仮装ランナー

今回のマラソンは、この後の20キロが「とてもとても」長かった。

給水地点で何回も冷水をかけてもらい、仮想ランナーのパフォーマンスに力をもらって、それこそ歯を食いしばった。

このランナーは、目立った。
声をかけて写真を撮らせてもらったが、何故この扮装なのかは聞き忘れた。

東日本大震災からの復興を誓うランナー

このランナーの背中から腰あたりには、「東日本大震災からの復興を必ず果たす」との誓いが、フェルトペンで書かれていた。
私は、その誓いを読みながら後を追った。

このほか、一本歯の高下駄をはいて走るランナーもいた。

ランニングシューズを履いていても、40キロ余走る間には、チマメができたり擦れたりして痛くなるのが普通なのに、「すごい」と思わず感じてしまう。

実は「東京マラソン」でも一本歯の高下駄ランナーを見たことがあり、写真も撮ったことがある。

今回は、すれ違ったので写真を撮ることはできなかったのだが、ほんと、世の中は広いと思う。

ゴール直前、Qちゃんと3回目のハイタッチ

暑さと、ひざの不安・軽い痛みで、ぼろほろになってゴール直前まで来ると、またQちゃんの姿。

「変なおじさん」の仮装をした人と何か話していた。

そして、3回目のハイタッチをした後、無事ゴール。

マラソンの後半はかなり歩いてしまったので、今回は完走というより完歩といった方がふさわしい。

でも、来年2月の東京マラソンに向けて、完走のめどがついた。

ただゴール後に写真を撮ったのだが、中間点に撮った写真と比べると、浦島太郎がおじいさんになったような変わりようだった。

ここでは公開できない疲れた顔で写っている。

浦島太郎があっという間におじいさんになるのは、「実話」だったのかなとも思った。

ともかく疲れた「2年ぶりのフルマラソン」だった。

いよいよ、2年ぶりのフルマラソン

9月18日台風が通過した朝

膝の痛みから、フルマラソンを走れなくなって丸2年。

なんとしても、もう一度フルを走りたいと、ウォーキングからはじめて、少しずつ走る距離を伸ばしてきた。

でも、まだ20キロは走れていない。

9月18日、朝4時台に起床。

隅田川までの往復を走った帰り道、浜離宮の横を走っていると、その日の早朝通過した台風18号の強風に、銀杏の実がたくさん落ちていた。

翌日も同じコースを走り、まだ銀杏の実が落ちていたので、「早起きは三文の徳」と思いながら、わずかながら拾って帰った。

五輪施設の建設用地

2日後、お台場・有明地区の体操競技会場の建設予定地の横を通った。

着工は今年の11月とのことで、まだ工事は始まっていなかった。

お台場と都心を結ぶ環状2号線の進捗は、当初予定よりかなり遅れているので、多少気になった。

お台場海浜公園

10月4日、お台場海浜公園。

海岸の砂浜沿いを走っていると、こんな看板が立っていた。

今年も、この付近を会場にトライアスロンの大会が開かれるという案内だった。

東京五輪でも、この付近の海を会場に水泳とトライアスロンの競技が予定されている。

ところが、つい先日、この付近の海の水質について、環境面で問題があるとする調査結果が報告された。

競技団体の決めた基準値を、満たしていないというのだ。

数年前に、この地で行われた水質改善の取り組みについて、このブログで紹介したが、その時も大きな改善効果は見られなかった。

水質改善は、それほど簡単ではないはずだから、早急に対策を講じなけれは、オリンピックへの影響は避けられない。

オリンピックへの対策も急がれるが、しかしその前に、この大会をこの場所で開いて安全なのかどうか、それ以上に気になった。

新潟マラソンのパンフ

そんなふうになじみのコースを走っているうち、ついに「新潟マラソン」が近づいてきた。

2年ぶりに挑戦するフルマラソンだ。

膝の痛みはまだ少し残り、完全とはいかない。

しかし、宿も早いうちから予約しているし、JRの切符も購入している。

3年連続で、大会を棄権するわけにはいかない。

いけるところまで走ろうと、フルにチャレンジする腹を固めた。

42.195キロはやはり長い

42.195キロは、地図で見ても長い。

この小さなスペースでは、そのコースを詳しく紹介することはできない。

もちろん走れば、42.195キロという距離は体調が万全でも、それなりに長い。

だから、この膝の具合で走り切れるのか、とても不安になる。

しかし無理はしない。そう心に決めて、スタート地点に立つことに決めた。

無理をしないというのは、来年2月の東京マラソンに当選したからだ。

東京マラソンは、幸運にも第一回大会を走ることができたが、フィニッシュが東京駅前に変わった新しいコースもいつかは走ってみたいと思っていた。

もう古希を迎えて、今後それほど大会に参加できる機会もないだろうから、ぜひ完走を目指したいと思っている。

なんとか、新潟マラソンを復活のきっかけにして東京マラソンに臨みたいと思ってはいるが、

さて、どうなりますやら。




外国人が目立った東京マラソン

1位が通過

11回目を迎えた東京マラソン。
今年からコースが変わって、ゴールが東京駅前となった。

このため、これまではコースの前半に設定されていた港区芝から品川にかけてのコースは、後半のコースに変更になった。

都庁をスタートし、銀座、浅草、門前仲町などを走ってきたトップランナーが、ようやく姿を見せた。

2時間3分58秒のタイムでゴールしたキプサング選手などケニアの2人の選手だ。

市民ランナーが続々

市民ランナーたちの姿がこのコースを埋めるようになるのは、先頭ランナーが通過して1時間もたってからになる。

画面の左側はゴールの東京駅前に進むランナーたち。ゴールまで残り4キロほどのところだ。

品川の折り返し点に向かう方が多い

前の写真からカメラを右に振って、写したもの。

右手、突き当りの田町駅前から品川駅近くの折り返しに向かい、帰ってきたランナーが右側のコースを走っている。

外国人は6人に一人

沿道で応援する方としては、こうしてランナーの数が多くなってくると楽しい。

仮装をはじめとして、それぞれが走りを楽しんでいる様子がよくわかるからだ。

左の2人、日の丸の鉢巻きをしているのは外国人だ。

マイケルジャクソン?

これは、マイケルジャクソンの仮装でしょうね。

仮装ランナーが多くなる

ラテン系の踊りでもする人なのでしょうか。

そういえば、これまでの大会では、阿波踊りの連の人たちがまとまって走り、途中所々で立ち止まっては、阿波踊りを披露していたっけ。

今回は参加していたのかどうか、私は確認することはできなかった。

ペアの衣装が目立った

この二人は、同じ衣装で統一、よく目立った。

今回、ランナーを撮影した写真を後で見直していると、外国人の数が大変多いことに気がついた。

日の丸を腹に付けて

この人は、日の丸をおなかのところに付けている。

日本への思いが感じられて、こちらも応援したくなる。

女城主景虎?

これは、大河ドラマ「女城主景虎」を意識したものかと思ったのだが。

ショールを手放せない外国のランナーのようだった。他にも、もう一人見かけた。

大会のホームページで調べると、フルマラソンを走った3万5千人余りのうち外国籍ランナーは6241人。

率にして17.6パーセントになる。つまり、6人に1人の割合だ。

アッポーペン

こちらは日本のランナーのよう。

手にリンゴとペンを持っているのが分かる。

お相撲さんの恰好

どこまでが張りぼてなのか、
ゼッケンもよく見えないので、本当にまわし姿で走っているように見えた。

視覚障害のランナーも

かなりの年配の方が、こうして走っているのを見て、私も元気をもらった。

完走を目指すペースメーカー

マラソンの制限時間は6時間40分。

完走を目指すためのペースランナーと選手の一団が、走ってゆく。

ここがランナーのほぼ最後尾。

ランナーが通った後は、ゴミ拾い

ランナーの姿が見えなくなると、沿道にいるボランティアたちが、道路上のごみを拾い集めていた。

路上に、ごみは全く見えない。

収容バスが通って、大会は終了

そして、「収容」と書かれたバスなどが、その後を追う。

こうして今年は、穏やかな天気に恵まれ、何事もなく終了。

大会を支えた多くの方の努力に心から拍手を送りたい。

また来年も、こうして安全で楽しい大会であってほしいと思う。
プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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