放送博物館のプロンプタ―体験


格安スマホを手に入れたので、付属するカメラを使ってブログを書くことにトライしてみた。

横から見たプロンプター

港区愛宕山にある放送博物館。

去年、放送開始90年の節目を迎えたのを機にリニューアル、今年初めから展示が大幅に変わった。

館内は「放送の過去.現在.未来」をコンセプトに、豊富な展示物がぎっしり。

ここはNHK放送博物館の放送体験コーナー。

この写真は、ニュースでアナウンサーが使っているプロンプタ―と呼ばれる設備で、体験コーナーでは人気の展示だ。

正式には「テレプロンプター」と言って、オバマ大統領や安倍首相といった政治家の皆さんが使うプロンプターとは、少し仕組みが違う。

右側にカメラがあり、レンズがついているあたりに,「ワニが口を開けた」ようなものがついている。

実は、この部分を正面つまり、アナウンサーから見ると、
手元に置いた原稿が、眼前にそのまま映しだされる仕掛けになっている。

プロンプターをアナウンサーのほうから見る

これが、その写真。

写真の一番上のところが、そのワニが口を開けた部分。
そこに、手元に置いた原稿がそのまま映っている。

カメラの前に設置してあるのはマジックミラーで、カメラのほうからアナウンサーはよく見える。つまり、その姿をきれいに撮影することができる。

ところがアナウンサーから見ると、正面の部分は鏡となっている。

原稿をアナの頭上に設置したカメラで撮影、「ワニの下あごの部分」にそれを鏡文字の形で投影する。

鏡が鏡文字になった原稿を写すと、書いた原稿と全く同じものが目の前に出現するという仕掛け。

だから、下を見ることがなくニュースを読むことができるというわけだ。

情報を正確に伝えるために、プロンプターは今や必需品といえる。

公的な場所で、限られた時間に、正確で、しかも効果的なスピーチをするために、とても頼りになる設備だ。

最近では、あのトランプ氏も失言をおそれて使いはじめたという報道もあった。

ビジネスの世界でも、世界各地を結ぶテレビ電話会議でプロンプタ―を使う企業もあると聞く。

これから、暮らしの様々なシ―ンの中にプロンプターは、どんどん入り込んでくるに違いない。

東京工大の学長さんは、この春の入学式に英語で挨拶をしたときに使っていたし、

東京五輪招致の際にも

「お・も・て・な・し」や

都知事の英語のプレゼンの際も活躍していたことを思い出す。

若い人たちであれば、これからの人生で活用する人も出てくるだろう。

博物館ではプロンプターを使って伝える体験もできる。

時間とチャンスがあれば、是非トライしたらいかが。 

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こんな親切なものがある理由

こんな親切なものがあった

町なかで、こんな親切な施設を見かけた。

ところは、虎ノ門から新橋に通じる環状2号線の工事現場、ちょうど日比谷通りと交差する付近だ。

環状2号線とは、都心の交通混雑緩和をはじめ、2020年の東京オリンピックに向けて幹線道路としての活躍が期待されている道路だ。

看板を見ると、「無料 自転車空気入れ」と書いてある。

更に看板を詳しく見ると

「ご通行中の皆様へ」「ご近隣の皆様へ」
「環状2号線工事にご協力ありがとうございます」「地域の夢をつなぐ道づくり」と書いてあって

工事を担当する建設会社の名前が記されている。

環状2号線、虎ノ門~新橋間完成近づく

虎ノ門から新橋にかけての「地上部道路整備」は、平成26年3月中旬に完了予定と書かれた看板もあり、この付近での工事の完成も近づいてきた。

これまでの工事の中で、付近の住民などから騒音や各種規制などに対する苦情もきっとあったはずだ。

この施設を見て、すぐに思ったことは「工事を円滑に進める潤滑油の役割を期待されて登場したのに違いない」ということだった。

しかしトラブル防止には、ハードやマニュアルだけでは不十分であることは、今では周知の事実。

コンビニやファストフード店などでのマニュアル接客に、心がないといわれた歴史もあった。

こうしたものを作るのは結構だが、原点である「心」を忘れないようにしたいものだと思う。

新橋の先は有明まで

所で、環状2号線は昭和21年、神田佐久間町から飯田橋、四谷、赤坂見附、虎ノ門、新橋というルートで計画されたものだが、平成5年に新橋から江東区・有明までの延伸が決定している。

これは虎ノ門方向から、新橋・汐留方向を見た写真。

工事によって移転した日比谷神社の赤い社殿が、第一京浜沿いに建っているのが見える。

道路はその横を通り、共同通信社の前を通って、これからオリンピック会場などが整備される有明の方へと延びてゆく。

競技場計画

築地市場の地下を経て隅田川を渡り、豊洲大橋を通って湾岸道路に合流する。

写真では右側を並行して走る「晴海通り」の渋滞緩和が期待されるほか、東京オリンピックでは会場を結ぶ道路として大きな役割を果たすことになる。

豊洲大橋はすでに橋が架けられていて、晴海側にある「晴海客船ターミナル」周辺が選手村になる予定だ。

(注 この地域はオリンピックの際、もっと多くの競技が行われるのだが、多すぎてすべてを書き込めないので割愛してある)

豊洲大橋は架橋済み

東京オリンピック決定後、選手村予定地付近を走った。

画面中央に見えるのが豊洲大橋。

橋を渡ったところは築地市場の移転予定地で、現場ではすでに市場移転に向けての工事が大規模に始まっている。

そして、この写真の右手方向に進むと晴海客船ターミナルがあり、周辺が選手村の予定地となっている。

選手村予定地

晴海客船ターミナルから撮影した、選手村の予定地付近。

縦に細長い建築物は、清掃工場の煙突だ。

近ごろは、フェリー航路が以前と比べて少なくなったほか、客船の大型化でレインボーブリッジの下を通過できないケースも増え、この付近に利用客の人影は多いとは言えない。

今は空き地ばかりのこの場所も、これからは大きく変わってゆくはずだ。

ウェイクボードの練習

近くの運河では、

先ごろのIOCの会議で、オリンピックの候補種目の一つに挙げられたものの、正式種目にはならなかったウェイクボードを練習する人の姿があった。

1枚の写真~麻生家を巡る人々

青山霊園で

今回はこの1枚の写真をご紹介したい。

去年の12月8日に、青山霊園で撮影したものだ。

近代史に詳しい方、あるいは福岡県出身の方ならお分かりかも知れない。

右側の墓碑銘に、麻生太賀吉、和子の名前が見える。

両親

第92代内閣総理大臣、現在は副総理・財務大臣等の要職にある麻生太郎氏のご両親だ。

父・太賀吉は、九州の炭鉱王と呼ばれた麻生太吉の孫。

麻生セメント社長、九州電力会長を務めたほか衆議院議員を3期務めた。

母・和子は、吉田茂元首相の娘。

吉田茂

二人は、太賀吉がロンドンに留学していた時に白洲次郎の紹介で知り合ったという。

こんなつながりから太賀吉は、吉田茂の政治資金を捻出したほか、政界と財界の連絡役を務めたとウィキペディアには書いてある。

一方の和子は、明治維新三傑の1人・大久保利通の二男であり、戦前に政治家として活躍した牧野伸顕の孫にもあたる。

そして作家の吉田健一は兄。

太賀吉・和子の二人は熱心なクリスチャンで、墓には洗礼名が刻まれている。

麻生太郎

そして、その二人の間に生まれた長男が麻生太郎。
洗礼名は「フランシスコ」だという。

麻生太郎氏は私が福岡に暮らしていた昭和54年(1979)に衆院選に出馬して当選。

政治家になりたての頃をよく覚えている。

あの頃も、よく言えば気さく、悪く言えば軽率な物言いで、物議を醸すということがあった。

妹は、昨年亡くなられた三笠宮寬仁親王の妃・信子様。

次郎墓

太賀吉・和子夫妻の左に建つのは、太郎氏の2歳年下の弟・次郎の墓標。

昭和39年、東京オリンピックが開かれた年にヨットの遭難事故で亡くなっている。
22歳だった。

牧野伸顕

そしてこれは、太賀吉、和子、次郎 3人の墓からほど近いところにある「牧野伸顕」の墓。

大久保利通墓

更に、青山霊園には、牧野伸顕の父親で、以前も紹介した大久保利通の立派な墓もある。

個別の家族史が、日本の近現代史とそのまま重なるような麻生家。

名前は違うが、血縁関係のある人たちのお墓の近くに、麻生家の墓標は建っていた。

奇妙な住宅


奇妙な住宅

走っていて、奇妙な住宅に出会った。

注意していないと見逃してしまうが、よく見ると家の真ん中を管が貫いている。

あまり見かけない光景だ。

場所は、東京港に近い運河沿いの場所。

管が住宅を貫く

管は、家の中を通っているというより、管があった上から住宅を建てたように見える。

この管は、何の管なのかよくわからない。

水道、あるいは何か液体を運ぶものだろうか。いずれにしても、このお宅が使っている管とは思えない。

公的な機関のものであることも考えられる。

そして、住宅は比較的新しいから、それほど遠くない時期に大工さんなど専門家の手で建てられたように見える。

足元を見ると

住宅の足元を見ると、建物は運河の中に干潟のようにあるわずかな土の上に,はみ出すようにして建築されている。

建築は全くの素人でよくわからないが、よく建築の許可が下りたものだと思う。

管の管理は大丈夫か

家の中を貫く管は、それほど古いようには見えないが、一部に錆も見える。

塗装の塗りかえや、万一修理の必要がある時はどうするのだろう。

更に、大地震で管が壊れたときなどは一体どうするのだろうと思ってしまう。

立ち入って調べることができないので、無責任なことは言えない。

が、しかし、昨今話題の領土問題のように、「実効支配をしばらく続けていれば、領有権を認められる」のと同じようなことがあるとすれば、行政の対応にも問題が残りそうな気もするのだが。

「山中伸弥」語録

マラソンの山中教授
2012年のノーベル生理学・医学賞の受賞が発表された京都大学の山中伸弥教授。

10月中旬の「NHKクローズアップ現代」に出演して、数々の印象的なコメントを話していた。

急いでメモしたので正確ではないが、記憶に残るコメントにこんなものがあった。

「真理は何重、何枚ものベールに包まれている」

「1回の成功の裏には、必ず9回の失敗がある」

転んだままでいいですか

前回も紹介した「ニュースパーク」で見たポスターに、こんなものがあった。

新聞広告のコンクールで賞をとったもので、タイトルは「転んだままで、いいですか?」

世界の偉人たちが、いかに失敗を繰り返し、しかしそこから何度もから立ち上がり、挑戦してきたことが表現されている。

エジソン

エジソンは、電球の発明するまで、1000回もの失敗をしたという。

リンカーン

南北戦争時のアメリカ大統領・リンカーンは、選挙で落選3回以上。

奴隷解放に大きな足跡を残した。(「しかしその反面インディアンに対しては常に徹底排除の姿勢を崩さず、彼らの大量虐殺の指揮を取り続けた」とウィキペディアには書いてあった)

ロダン

彫刻家のロダン。

美術学校の入学試験に、3回落ちているそうだ。

マリー・キュリー

そして、女性初のノーベル賞受賞者のマリー・キュリー夫人。

物理学賞と化学賞の2回受賞したのは、これまで彼女一人だけだ。

ポスターのコメントでは、繰り返した実験は400回以上とか。


山中教授は外科手術が不得手で、周りから「じゃまなか」と呼ばれたこともご自身で紹介していた。

そんな山中教授の話を聞いて、勇気やパワーをもらった人もきっと多かったことだと思う。

そして山中教授の趣味はマラソンというのに、私はとても親近感を感じる。

今年11月25日の大阪マラソンにチャリティで出場するとのことだが、去年の大阪マラソンのタイムは4時間29分53秒だったという。

20年ぶりのマラソンだったそうだが、研究で忙しい中、すごいと思う。

そして、今年3月の京都マラソンでは、4時間03分19秒。

私よりキロ1分も早いペースで、とてもかなわない。

そしてマラソンを譬えに出した、こんなコメントも印象に残る。

「自分のペース以上にあげると、必ず、ばてる」。
これも、よくわかる。

そして、もう一つ記憶に残る言葉は、「感謝と責任」。

IPS細胞という、人類の将来に大きく貢献する可能性を持った細胞を生み出すことができた。

そのために力を貸してくれた日本という国をはじめ多くの人への感謝を語った後、山中教授はこう話した。

「可能性を持つ細胞はできたが、まだ患者さんの命を救っていない」

「まだ、このままでは死ねない。

ips細胞を役に立てるものにして、25年前に亡くなった親父に(あの世で)報告したい」

素晴らしいコメントだと思った。





プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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