有明を走っていて見かけた「標識」

有明アリーナ建設予定地

今年はひざの故障でフルマラソンは一回も走れなかった。
まだひざの痛みは続くが、来年2月の京都マラソンにエントリーしたら当選してしまった。

「なんとしても走れるようにしなければ」と、少しづつ走り始めている。

11月3日、お台場周辺を走っていると、こんな標識を見かけた。

2020年の東京5輪で、バレーボールの決勝戦を行う予定で計画が進む「有明アリーナ」の建築予定地に建っていた。

有明アリーナ完成図

これが、完成予想図。

建設費の高騰のため、ボート会場などと共に、見直しが進められている。

建築主として名前が書かれているのは、小池百合子都知事。

木遣橋から見る

運河をまたぐ木遣り橋の上から、建設予定地を見てみる。

工事は全く手つかず、基礎工事も全く行われていないようだ。

今年1月に、総工費は約360億円、施工業者も決まっている。

ところが、オリンピックにかかる予算が当初考えられていたものより、大幅にアップする中で、見直しすることになり関係者の間で協議が行われている。

新設せずに、既設の横浜アリーナを活用するとの案もある。

ということで、標識には来年3月着工予定と書いてあったが、現地は、セイタカアワダチソウが敷地いっぱいに繁茂しするだけで、人の姿は全く見えない。

橋の先には豊洲市場

木遣り橋から反対車線の先を見ると、豊洲新市場の建物が見えた。

こちらも当初は11月7日の移転だったものが、盛り土騒動でオープンのメドは全くたっていない。

ウェイクボードの愛好者が

運河に目をやるとウェイクボードの愛好家が、練習をしていた。

静かな有明地区で、ボートのエンジン音だけが響いていた。

お台場海浜公園

こちらはお台場海浜公園。

ウェイクボードは五輪の新種目に採用されなかったが、お台場では新種目のスポーツクライミングや、スケートボードが行われる予定になっている。

また、トライアスロンと水泳10キロ競技もお台場での開催が、今のところ予定されている。

水泳に関して言うと、実はお台場海浜公園では、夏場の海水浴シーズンに海の中に入って顔を水につけることができない。

水質に問題があるからだ。

数年前から、水質改善に取り組んでは来ていたが、まだまだそんな段階にある。

競技関係者の中には、水質改善が早急に必要と語る声もあると聞く。

今問題になっている新しい五輪会場の建設について、各競技団体は、

後世への遺産として、ぜひ新しい施設の建設を進めてほしいというのが基本的なスタンスのようだ。

確かに、昭和39年の東京五輪で建設された丹下健三設計の「代々木体育館」のように、見事な遺産として、今に残る建物もある。

しかし私個人としては、立派な建物よりも、東京湾の水に顔をつけることができるような環境改善こそ最も優先順位が高いのではないかと思っている。

こちらもそんな簡単に解決するわけではなく、費用も莫大にかかることだろう。

しかし、それこそが未来へ残す遺産として、今、最も大切なものではないかと思うのだが。

どんなものだろうか。
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東京が寒くなった?


武道館を望む

皇居の清水門近くから、お濠越しに武道館が見える。

斜面には木々が見える。
葉を豊かにつけた姿も美しいが、すべてを脱ぎ去った冬姿もまた美しい。

北の丸公園の地図

清水門から皇居・北の丸公園に入り、目指すは、東京管区気象台の気象観測露場。

東京の気象データを観測する場所、「きょうの東京の最高気温は○○度でした」と発表される数値は、そこで観測されている。

すこし前、大手町から引っ越ししてきたことをニュースで見て、その現場に行ってみたいと思っていた。

吉田茂の銅像

吉田茂の銅像の周辺で、小学生たちがお弁当を広げ楽しそう。

遠足だろうか、芝生は冬の色だが、日差しがあると暖かい。

気象観測露場

子供たちがいた場所からすぐ先に、東京管区気象台の観測露場はあった。

1メートル余り土を盛り上げ、上部を平らにならしてある。

斜面を見ると、若者が昼寝をしている。

観測機器

近寄ってみると観測機器が見えた。

左から 
感雨器、
積雪計(レーザ式)、
通風筒・電気式温度計・湿度計、
ます型雨量計 。

感雨器とは、降水の有無を観測するもの。

ここでは気温、湿度、降水量、積雪深、気圧などを観測しているという。

この時の気温は「10度1分」だった。

東京の気温を計る観測露場がここに移転したのは、去年の12月2日。

それまでの大手町・気象庁構内での観測は、昭和39年の東京オリンピックの時に始まったから、移転はちょうど50年ぶりになる。

大手町は、ここから近いとはいえ、周囲はビルが立ち並んでいる。

ここは自然豊かで、大手町とはずいぶん環境が違うなと実感する。

気象庁

北の丸公園を出て、これまでの観測露場があった大手町に向かった。

直線にして900mの距離だという。

画面、正面左側のグレーのビルが気象庁。

実は近く、虎ノ門近くの鞆絵小学校の跡地に移転する計画がある。

今回の観測露場の移転は、その移転計画に伴うものだ。

鞆絵小学校は、公立小学校としては日本で一番古い歴史を持ち、アインシュタインが来日の際訪問したことは、以前このブログでもご紹介した。

気象庁構内の露場

気象庁の建物の北隣に、これまでの観測露場があった。

この場所と、北の丸公園では、いったいどの程度、気温などの気象データが違うのか。

正式に移転する前、3年余りにわたって両地点を比較したところ、

最高気温はほとんど変わらないが、最低気温は年間で1.4度低いという結果になったという。

例えば、平成25年度の熱帯夜(最低気温が25度以上)は 、
大手町で39日、これに対して北の丸は22日。つまり、寝苦しい夜は北の丸の方が少ないということだ。

さらに、冬日(最低気温が氷点下)は
大手町が6日、北の丸は21日ということだから、ずいぶん違う。

確かに、私が子供の頃は、今より頻繁に氷が張っているのを見た記憶がある。

つまり、氷点下の寒い朝が、今よりももっと多かった感じがしていた。

子供の頃は、まだ都市化がそれほど進んでいなかった。
ちょうど今の北の丸のような自然環境の中で暮らしていたから、今より冬が寒かったのかなと思う。

生物季節観測の木々

観測露場の近くに、かつて「生物季節観測」の標本木の役目を果たしていた樹木が残っていた。

左はソメイヨシノ。かつて、東京のサクラの開花は、この樹を手掛かりに発表されていた。

現在は、靖国神社にある桜が標本木になっている。

右側の木は、イロハモミジ、秋の生物季節の指標の一つだ。

経団連のビル

この先を少し進むと、高層ビルが目に入ってきた。

経団連ビルだ。

都心も、一刻も止まることなく、日々、都市化を深めていっている。

北の丸公園は「昔の東京」の気候を残す、数少ない場所なのだろう。


引っ越し先付近を走っていたら「水陸両用車」

中川流域

人生で14回目の引越しをした。

今回の引越し場所は東京都江東区、
最寄りの地下鉄駅入り口にあった標高を示すプレートを見ると「マイナス」となっている。

昔聞いた言葉でいうと「江東ゼロメートル地帯」ということになる。

大雨による浸水被害、地震による堤防の決壊があると被害を受けそうで、若干の心配がある。

1年半ほどの生活の中で、何事もないことを望むばかりだ。

家のそばを走ってみた。
ここは、昔は利根川の支流だったが、荒川放水路の掘削などで流れが分断された「中川」の水路。

現在は荒川に沿う形で、細長い池のようになっている。

ここではボートやカヌーを楽しむ人たちの姿も見られる。

「手こぎ優先」
船舶免許を持っているが、こんな標識を実際に見たのははじめてだった。

船番所資料館

ここは江戸時代、水運のために掘削・開発された運河である「小名木川」の一番端、

徳川幕府によって人やモノの動きを抑えるため「中川番所」が設けられた所だ。

その歴史を伝える資料などを展示する「船番所資料館」が建っている。

ちょうど、この付近を走っていると

遊覧船が近づいてきた

遊覧船が、こちらに近づいてきた。

普通の遊覧船と、なんとなく様子が違う。

水陸両用車だった

見る間に、水中から陸に上がってきた。

水陸両用車だ。

少し前、ある観光業者が隅田川で試験的に水陸両用車を運航したことは知っていた。

その後、どこでどのように運航しているのかについては知らなかったが、

この日初めて、水陸両用車をまじかに見ることができた。

亀戸梅屋敷

それから数日後、亀戸付近を走っていると、再び水陸両用車と出会った。

どうやらここが始発の場所のようだ。

「亀戸梅屋敷」と書かれた看板が見える。

亀戸周辺の歴史と文化を広く発信する拠点らしい。

パンフレットを見ると、この水陸両用車「スカイダック」は、2013年3月から運行しているという。

名所江戸百景「亀戸梅屋敷」

ちなみに「亀戸梅屋敷」は、歌川広重の浮世絵から来ている。

広重が名所江戸百景で、呉服商の別荘にあった梅の木を描いた「亀戸梅屋敷」、

あのゴッホが模写したことでもよく知られている。

今、このあたりに、当時を思い浮かべるような田園風景は残っていない。

多くの観光客でにぎわう

2台の水陸両用車で、スカイツリーなどを回る2つのコースを運行している。

この日は日曜日、たくさんのお客さんで賑わっていた。

スカイツリーを見ながら走る

中川沿いを走っていると、左手・西の方角にスカイツリーが見えた。

これまでは東京タワーを見ながら走っていたのが、大きく様変わり。

これから一体どんな風景に会えるのか、どんな歴史の現場が残るのか、いかなる先人の碑や墓石を訪ねることができるのか

楽しみにすることにしよう。

「フジヤマのトビウオ」

古橋廣之進顕彰碑

東京・北区を走っていたら、往年の名スイマー・古橋廣之進の顕彰碑と出会った。

戦後間もなく「フジヤマのトビウオ」と呼ばれ、世界記録を何度も更新した選手だから、ご存知の方も多いはずだ。

国立スポーツ科学センター

顕彰碑があったのは、「国立スポーツ科学センター」の正面入り口の前。

国立スポーツ科学センターとは、ホームページを見ると

”スポーツ科学・医学・情報など先端的な研究のもと、充実した最新施設、器具・機材を活用し、各分野の研究者、医師等の専門家集団が連携しあって我が国の国際競技力向上のための支援に取組んでいます”

と紹介されている。

つまり簡単に言うと、オリンピックなどの国際大会でメダルを目指すための中核的な施設ということだ。

ナショナルトレーニングセンター

「国立スポーツ科学センター」のすぐ後ろは「ナショナルトレーニングセンター」になっていて、オリンピックの強化選手などの有力選手たちが、日夜トレーニングに励んでいる。

水泳の平泳ぎでオリンピック2連覇を果たした北島康介さんが、こちらのプールで練習をしている様子を、以前テレビで見たことがある。

古橋廣之進

古橋廣之進さんは「水泳ニッポン」を世界に向けてアピールし、敗戦後の日本人を大きく勇気づけた人物だ。

活躍したのは、戦後間もない昭和20年代前半、

まだ幼児だった私は直接その活躍ぶりを知らないが、「フジヤマのトビウオ」というフレーズはその後よく耳にしている。

ウィキペディアで古橋さんの活躍ぶりを調べると、これが凄いし、ちょっぴり悲しくもある。

戦争が終わってから2年後の昭和22年、自由形400メートルで当時の世界記録を上回る記録を出す。

そして翌昭和23年のロンドンオリンピックには日本からの参加は認められず、

五輪の水泳決勝の当日に国内で水泳大会が組まれ、

400メートル自由形で、五輪優勝者より早い記録を出して優勝した。

そしてその4年後、待ちに待った昭和27年のヘルシンキオリンピックに出場するも、体力のピークを過ぎていたことや、病気もあって400メートル自由形ではメダルを逃し8位という結果に終わったのだった。

魚になるまで泳ごう

”戦争が終わって再び水泳ができるようなった時 魚になるまで泳ごうと思った”

とても心に残る、印象的な言葉だ。

練習一筋

さらに続けて

”私の目標は世界一になることだった。
だから人の何倍もの練習を苦しいとも思わなかった”

古橋廣之進は、
悲運のスイマーとして、五輪のメダルは手にせずとも多くの人の記憶の中に今も生き続けている。

泳心一路

「泳心一路」

顕彰碑の最後は、この言葉で終わっている。

「泳ぎ一筋の人生」とでもいおうか。

後年は、日本水泳連盟会長など水泳界の要職を務め、文化勲章も受けている。

一時期低迷していた日本水泳界も北島康介、萩野公介の登場などで、このところ元気を取り戻して着ている。

「水泳ニッポン」の精神は、確実に若い世代に伝えられているように感じた。

次世代カーの水素ステーション

水素ステーション

トヨタ自動車は、先ごろ次世代自動車の本命として「燃料電池自動車」(FCV)を、今年度中に日本で販売を開始すると発表した。

FCVとは Fuel Cell Vehicle の頭文字をとったもので、訳せば電池自動車。

水素と酸素を反応させて電気を作り、その電気でモーターを回して走る車だ。

その燃料となる水素を供給するステーションを、ジョギング中に、お台場の隣り・江東区有明で見つけた。

ただ、建物内に人影はなく、何時から開業するのかもわからなかった。

FCV車

トヨタのHPによると、

FCVは、最高速度が170キロ以上、定員は4名、車体価格は700~800万円。

走行中は水しか排出しないので環境に優しいうえ、航続距離は約700㎞、また水素充填に要する時間は3分と短い。

同じように環境にやさしい電気自動車(EV)の航続距離や充電時間と比べて、優位にあるとされている。

このFCV車は今年度中に販売されるというが、全国一斉に販売されるわけではない。

「水素ステーションの整備が予定されている地域と、その周辺地域を中心に販売」とHPには記されている。

つまり、水素ステーションの整備がどのように進むかが、利用と普及にとって重要なポイントになる。

看板

トヨタのHPによると、

今年6月30日現在、全国の水素ステーションの数は、11都府県に41か所あるとのこと。

ガソリンスタンドよりも建設費が割高なため、経済産業省も補助金を出してバックアップをしているが、これではまだまだ圧倒的に足りない。

有明スポセン

また、このFCV車は、発電した電気を家庭で使うこともできるとHPに書いてある。

その供給能力は、一般家庭の使用電力の1週間分以上ということだから、普及すれば私たちの暮らしを大きく変える可能性も持っている。

災害時や停電時に、電源として利用できるのは心強い。

この建物は、江東区有明のスポーツセンター。水素ステーションの斜め前にある。

この道を左に数100mほど行けば、テニスの有明コロシアム。

2020年の東京オリンピックの競技会場は、このあたりに多く予定されている。

全景

「FCVの本格普及は、2020年代からと考えられる」と新聞には書かれていたが、

つい最近、

EV車が海外で販売を伸ばしていて、「次はFCV車の時代と安閑としてはいられない」との記事を目にした。

航続距離に課題があるEV車だが、国によっては優遇税制などで存在感が強まっているというのだ。

過去にも、VTRではベータとVHS、テレビでは液晶とプラズマの対決という歴史があった。

2020年の東京オリンピックのころに、次世代の自動車として、世界市場を席巻するのは一体どんな自動車なのだろう。

自動車業界は日本経済を支える有力な産業だけに、大いに気になるところだ。

プロフィール

め組のかった

Author:め組のかった
「惑わず」の年から走り始めて四半世紀。還暦で初フルマラソンを走り、2010年には66キロのウルトラを制限時間ギリギリで完走。現在も月に200キロ以上を目標に走り込みながら、写真を撮っている。
このブログは、ジョギング中に撮り貯めた写真によるフォトエッセイを目指している。
タイトルは「おくのほそ道」をもじってみたのだが、さて、わかるかなあ?

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